スタッフ紹介|【土曜も診療】海老名市で分娩なら「えびな産婦人科」|厚木・海老名

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スタッフ紹介

スタッフ紹介|【土曜も診療】海老名市で分娩なら「えびな産婦人科」|厚木・海老名

院長ご挨拶

磯﨑 太一

こんにちは。

この度新たに厚木駅徒歩1分という好立地に、えびな産婦人科を開業するはこびとなりました院長の磯﨑太一です。

 私は、産婦人科医として、臨床一筋に約40年研鑽をつとめてまいりました。ご縁あって海老名総合病院、また近隣でお仕事をさせていただくことが多く、海老名は私にとりまして、大切なふるさとのような存在です。

 おかげさまで、私1人の力では 到底成し遂げることができない産婦人科開業の夢を、皆々様の多大なるご支援のもと実現させていただきました。心より感謝申し上げます。

初心忘るべからずと申しますが、この感謝の気持ちを胸に、微力ながら恩返しが少しでもできればと思っております。これからも、かわらぬご支援、ご協力の程、引き続き よろしくお願い申しあげます。

そもそも医師を志したのは、3才のとき。池に落ち救急車で運ばれ、人工呼吸などの救命措置が行われ、九死に一生を得たからであります。救っていただいたことに感謝し、人々のお役にたてる仕事ができればというのが、出発点です。

医師になって、産婦人科を志したのは、出産というすばらしい機会に立ち会え、お手伝いでき、唯一おめでとうと言える診療科であるからです。

真の高度医療とは

高度医療という言葉を聞いたとき皆様はどんなイメージがうかんでくるでしょうか?
最新の機器を導入したスタイリシュな雰囲気を思い浮かべる方も多いと思います。
人をロボットのパーツ修理のように扱っていないでしょうか?

もちろんすばらしい機器を開発し、提供してくださることで、私たち医師は大変な恩恵を受けており、ありがたいことだと思います。でもそれだけではない『何かを人は求めているのです。

昔から、手当という言葉がありますが、これは、我々医師が、五感および六感を使って人と人との関係のもと成り立つのです。実際、手を当てて診療することにより、幸せホルモンである、オキシトシンがでて、安心作用も関係しているとも言われております。

最近、とかく最新の機械に頼る傾向があり、データばかりみて、患者さんの顔もみず、日々の診療をしていることに遭遇します。そのような医療を目にするたびに これで、将来の医療は大丈夫なのかと、心配になるのは、私だけではないと思います。病気は、部分的な身体症状だけでなく、気すなわち、全身的な精神的要素も非常に大切。私たちはロボットではなく、血の通った人間。昔から「病は気から」といいますね。

私は、日本医科大学産婦人科に入局し、本当にすばらしい先輩医師との出会いに恵まれました。
『お産の極意』を手作りの教科書まで作って教えてくださった先生。
悪性腫瘍の手術、治療に熱意を注ぎ、研究をともにした先生。
葛飾日赤産院に勤務していた頃、時になべをつつきながら『自然に産む大切さ』を熱く語っておられた先生。

個性にあふれる志をもった諸先輩の熱意のおかげで、私は机の上だけでは学びきれない【何か】をつかみとることができたのだと思います。

この大切な思いを胸に真の高度医療にむけ、これからも学び続け、実践して参りたいと思います。

出産について

私が自分の手で出産にたずさわり、お母さんとともに喜びをわかちあった回数は2万7000以上に及びます。幸運なことに非常に多くの出産経験は、私の一番の誇りであると自負しております。

『あの時の子が今度出産します。先生にお産お願いします』といって訪ねてくださることもあり、産婦人科の医師で本当に良かった。『すばらしい生命の連鎖のお手伝いができることは、産婦人科医ならではの至上の喜び』と感じております。

これからも 医師、スタッフ一同、皆様が安心してゆったりとした気分で生命の誕生の喜びをかみしめていただけますよう 努力してまいります。

婦人科治療について

私は、大学病院、海老名総合病院や他の病院で、がんをはじめ多くの婦人科系の手術を行ってまいりました。
この経験をいかし、女性の様々な不調、悩みにも対応させていただき、他病院との連携もふまえ、治療にあたってまいりますので、どうぞお気軽にご相談ください。

おわりに

さまざまな情報がとびかい、不安をかきたてるニュースが多い現代だからこそ、本当の意味での優しさとは、健康とは、いつも自問自答し、1人でも多くのかたがたの笑顔あふれる幸福な人生のサポートができればと願っております。
今後とも末永く、えびな産婦人科をどうぞよろしくお願いいたします。

えびな産婦人科 院長

磯﨑 太一

えびな産婦人科 院長

磯﨑 太一

こんにちは。

この度新たに厚木駅徒歩1分という好立地に、えびな産婦人科を開業するはこびとなりました院長の磯﨑太一です。

 私は、産婦人科医として、臨床一筋に約40年研鑽をつとめてまいりました。ご縁あって海老名総合病院、また近隣でお仕事をさせていただくことが多く、海老名は私にとりまして、大切なふるさとのような存在です。

 おかげさまで、私1人の力では 到底成し遂げることができない産婦人科開業の夢を、皆々様の多大なるご支援のもと実現させていただきました。心より感謝申し上げます。

初心忘るべからずと申しますが、この感謝の気持ちを胸に、微力ながら恩返しが少しでもできればと思っております。これからも、かわらぬご支援、ご協力の程、引き続き よろしくお願い申しあげます。

そもそも医師を志したのは、3才のとき。池に落ち救急車で運ばれ、人工呼吸などの救命措置が行われ、九死に一生を得たからであります。救っていただいたことに感謝し、人々のお役にたてる仕事ができればというのが、出発点です。

医師になって、産婦人科を志したのは、出産というすばらしい機会に立ち会え、お手伝いでき、唯一おめでとうと言える診療科であるからです。

真の高度医療とは

高度医療という言葉を聞いたとき皆様はどんなイメージがうかんでくるでしょうか?
最新の機器を導入したスタイリシュな雰囲気を思い浮かべる方も多いと思います。
人をロボットのパーツ修理のように扱っていないでしょうか?

もちろんすばらしい機器を開発し、提供してくださることで、私たち医師は大変な恩恵を受けており、ありがたいことだと思います。でもそれだけではない『何かを人は求めているのです。

昔から、手当という言葉がありますが、これは、我々医師が、五感および六感を使って人と人との関係のもと成り立つのです。実際、手を当てて診療することにより、幸せホルモンである、オキシトシンがでて、安心作用も関係しているとも言われております。

最近、とかく最新の機械に頼る傾向があり、データばかりみて、患者さんの顔もみず、日々の診療をしていることに遭遇します。そのような医療を目にするたびに これで、将来の医療は大丈夫なのかと、心配になるのは、私だけではないと思います。病気は、部分的な身体症状だけでなく、気すなわち、全身的な精神的要素も非常に大切。私たちはロボットではなく、血の通った人間。昔から「病は気から」といいますね。

私は、日本医科大学産婦人科に入局し、本当にすばらしい先輩医師との出会いに恵まれました。
『お産の極意』を手作りの教科書まで作って教えてくださった先生。
悪性腫瘍の手術、治療に熱意を注ぎ、研究をともにした先生。
葛飾日赤産院に勤務していた頃、時になべをつつきながら『自然に産む大切さ』を熱く語っておられた先生。

個性にあふれる志をもった諸先輩の熱意のおかげで、私は机の上だけでは学びきれない【何か】をつかみとることができたのだと思います。

この大切な思いを胸に真の高度医療にむけ、これからも学び続け、実践して参りたいと思います。

出産について

私が自分の手で出産にたずさわり、お母さんとともに喜びをわかちあった回数は2万7000以上に及びます。幸運なことに非常に多くの出産経験は、私の一番の誇りであると自負しております。

『あの時の子が今度出産します。先生にお産お願いします』といって訪ねてくださることもあり、産婦人科の医師で本当に良かった。『すばらしい生命の連鎖のお手伝いができることは、産婦人科医ならではの至上の喜び』と感じております。

これからも 医師、スタッフ一同、皆様が安心してゆったりとした気分で生命の誕生の喜びをかみしめていただけますよう 努力してまいります。

婦人科治療について

私は、大学病院、海老名総合病院や他の病院で、がんをはじめ多くの婦人科系の手術を行ってまいりました。
この経験をいかし、女性の様々な不調、悩みにも対応させていただき、他病院との連携もふまえ、治療にあたってまいりますので、どうぞお気軽にご相談ください。

おわりに

さまざまな情報がとびかい、不安をかきたてるニュースが多い現代だからこそ、本当の意味での優しさとは、健康とは、いつも自問自答し、1人でも多くのかたがたの笑顔あふれる幸福な人生のサポートができればと願っております。
今後とも末永く、えびな産婦人科をどうぞよろしくお願いいたします。

経歴

1978年3月 神奈川県立平塚江南高校卒業。
1979年4月 日本医科大学医学部入学。
1985年3月 日本医科大学医学部卒業。
1985年6月 日本医科大学付属産婦人科へ入局。および研修医。
1987年6月 葛飾赤十字産院へ派遣。
1989年8月 日本医科大学付属産婦人科へ復帰。医員助手。
1991年4月 日本医科大学付属多摩永山産婦人科へ移動。
1994年4月 同、医局長。
1995年3月 米国Yale大学産婦人科へ海外留学(visiting fellowとして)。
1996年9月 日本医科大学付属多摩永山産婦人科へ復帰。同、医局長。
1999年5月 仁愛会海老名総合病院(ジャパン・メディカル・アライアンス)へ派遣。産科科長(部長)。
2000年7月 日本医科大学客員講師に命ぜられる。
2002年6月 仁愛会海老名総合病院(ジャパン・メディカル・アライアンス)マタニティセンター長 兼 産科科長に命ぜられる。
2004年10月 日本医科大学付属病院へ専任講師として復帰。
2007年2月 代田クリニックに就職(副院長)。日本医科大学非常勤講師。
2014年4月 仁愛会海老名総合病院(ジャパン・メディカル・アライアンス)マタニティセンター長 日本医科大学非常勤講師。
2024年4月 えびな産婦人科開業

資格・所属学会

  • 1985年5月8日(第79回医師国家試験合格)
  • 1998年4月9日 医学博士(日本医科大学)
  • 日本産婦人科学会員
  • 日本産婦人科学会認定医・指導医
  • 母体保護法指定医
  • 日本周産期・新生児学会員(元評議委員2006年4月~2008年)
  • 日本婦人科腫瘍学会
  • 神奈川県産婦人科医会悪性腫瘍部会委員
  • 神奈川県産婦人科医会医療対策部会委員
  • 元日本癌学会員、元世界絨毛性疾患学会員、元日本人類遺伝学会員

医師紹介

根本 芳広

担当日:木・土(第2、第4)
(精密胎児スクリーニング)

産婦人科

根本 芳広

産婦人科

根本 芳広

担当日:木・土(第2、第4)
(精密胎児スクリーニング)

笠井 麻紀

担当日:月・火・金
(無痛分娩相談外来・ブライダルチェック)

こんにちは、医師の笠井です。

私は1994年3月に日本医科大学を卒業し、4月より当院の院長である磯崎先生の下で産婦人科の修行をスタートしました。2年間みっちりと産科・婦人科の研修を行いましたが、その中で痛みを管理することと全身管理の大切さを痛感して麻酔科に転科をし、以来30年余りにわたり麻酔科医として仕事に邁進して参りました。

恩師である磯崎先生が開業するとのお話を聞き、産婦人科の経験もある麻酔科医である私がお手伝いすることで当院の安全性の担保にもつながると思って当院で勤務することを決めました。

無痛分娩の安全性確保が叫ばれる中、麻酔科医として経験豊富な私が麻酔管理をすることで質の高い診療を提供できるようにして参ります。
ご不安やご心配のある方はぜひお気軽に外来でお声がけください。

麻酔科

笠井 麻紀

麻酔科

笠井 麻紀

担当日:月・火・金
(無痛分娩相談外来・ブライダルチェック)

こんにちは、医師の笠井です。

私は1994年3月に日本医科大学を卒業し、4月より当院の院長である磯崎先生の下で産婦人科の修行をスタートしました。2年間みっちりと産科・婦人科の研修を行いましたが、その中で痛みを管理することと全身管理の大切さを痛感して麻酔科に転科をし、以来30年余りにわたり麻酔科医として仕事に邁進して参りました。

恩師である磯崎先生が開業するとのお話を聞き、産婦人科の経験もある麻酔科医である私がお手伝いすることで当院の安全性の担保にもつながると思って当院で勤務することを決めました。

無痛分娩の安全性確保が叫ばれる中、麻酔科医として経験豊富な私が麻酔管理をすることで質の高い診療を提供できるようにして参ります。
ご不安やご心配のある方はぜひお気軽に外来でお声がけください。

経歴

1987年3月 神奈川県立秦野高等学校卒業
1988年4月 日本医科大学入学
1994年3月 日本医科大学卒業
1994年4月 日本医科大学多摩長山病院産婦人科入局
1996年4月 日本医科大学附属病院麻酔科入局
1997年9月 東日本循環器病院(現JMA海老名総合病院)麻酔科に赴任
2019年6月 湘南厚木病院副院長に就任
2024年8月 えびな産婦人科に就職

資格

  • 麻酔科標榜医
  • 麻酔科専門医
  • 麻酔指導医
  • 医療安全管理者

所属学会

  • 日本麻酔科学会
  • 日本産科麻酔学会

外来担当医表

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午前 磯﨑 磯﨑 磯﨑 磯﨑 磯﨑 磯﨑
笠井 笠井 笠井
根本 根本(第2.3)
午後 磯﨑 磯﨑 磯﨑 磯﨑 磯﨑
笠井 笠井 笠井
根本 根本(第2.3)

※赤文字は女性医師です

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